久しぶりの実録・怖い話です。今回で6話目となります。
現実に起きた殺人事件での、犯人の心霊体験が、犯行を明らかにしたという話です。
占い的に事件の原因など考えてみたいと思います。
あくまでも猫丸的見解です。
▪️ 奈良県・生駒市で起きた殺人事件
2015年12月21日の午後、奈良県警に1人の男がやってきたそうです。
男は大津市に住むという無職の川中浩(52)。
男が「人を殺したので出頭した」というので警察は取り調べをし、奈良県警は川中浩を12月22日に殺人容疑で逮捕したという話です。
県警によりますと、川中浩は「実は人を殺したんだが、被害者が毎晩枕元に立つので仕事も手につかなくなって自首した」と、語ったといいます。
川中浩の逮捕容疑は2013年8月に、同県生駒市のアパートで同居していた稲垣クニ子さん(当時82歳)の口や鼻を枕に押し付けるなどして殺害した疑いです。
2人は30年も前から交際しており、付き合った当初の年齢が川中容疑者が22歳、被害者クニ子さんが52歳ということなので、かなりの年の差カップルです。
川中容疑者が、殺人を犯した年齢と、交際した時のクニ子さんの年齢は同じ歳です。
同じ52歳という年齢で、クニ子さんを殺害してしまうという偶然?も気になります。
警察が川中容疑者の過去を調べますと、月日が経ってクニ子さんが高齢となり歩行困難となったそうです。
ある程度、介助が必要だった状況に嫌気がさした川中容疑者は、2014年の1月にクニ子さんをアパートに置き去りにし死亡させたとして、保護責任者遺棄で逮捕されているそうです。
その後に奈良地検が起訴猶予処分にしています。
しかし、これは置き去りにしたのではなく、実は殺人だった…ことが判明します。
発見当時クニ子さんの遺体損傷は激しく、死因が特定できなかったそうです。
警察も殺人事件としての立件はせず、その後 川中容疑者は何食わぬ顔して平然と滋賀県の大津で土木関係の仕事をしていたようです。
捜査関係者は「介護疲れで殺害したんだろう」と話しているそうですが…。
お日柄的には、正確な殺害日が判明していないので確かな事はわかりませんが、捕まった日(自首)のお日柄や逮捕が確定した日が殺害の原因となるワードの参考にはなると思います。
川中容疑者の場合は12月21日に出頭し、22日に逮捕されました。21日からは家族間のトラブルが多くなる週の始まりの日でした。
普通以下となるか普通以上となりやすいお日柄でしたから、DVから殺害にまで及んでしまった可能性が考えられます。
逮捕された日が、金銭トラブルの強く出るお日柄で、また口の禍によるトラブルが多くなる傾向の強く出る日。
そう考えますと、介護にはお金が掛かりますから、占い的に推測しますと、お金がないので専門の方に介護が頼めず、お金のない事でイライラし被害者と口論となった結果殺害してしまった…ということも考えられます。
21日はお酒のトラブルも起きやすい日でしたから、もしかすると川中容疑者はお酒を飲んでいた可能性もあるかもしれません。
出頭した日や捕まる日などは運命的なことなので、占いで原因の推測はある程度可能です。
しかし この事件、犯人が幽霊に悩んで自首しなければ、殺人事件は発覚しなかった訳ですよね。
現実に殺人を犯しても自殺や事故として処理されてしまい、犯人が野放しになっているのですから恐ろしいことです。
このようなケース、実際現実に どれほど発生しているのでしょうか。
そんな水面下の殺人犯が、この世には数えきれぬほどいるかもしれません。
これこそ、ほんとゾッとする話です。
殺害された女性はだいぶ年上ですので、生前は加害者の内縁の夫を自分の子供のように面倒を見て、支えていたのかもしれません。
なのに無残にも殺害された恨みから、毎晩出てきたのでしょうか。
それとも殺人を犯してしまった夫の行く末を案じ、自首するよう毎夜枕元に立ったのでしょうか。
猫丸は直感的に後者の可能性が高いと感じました。
▪️広島・子供殺害事件
1977年1月23日、広島県で当時2歳の長男を浴槽に沈めて殺害するという事件が起きました。
この事件の犯人は母親でしたが自首ではなく、警察の捜査によって逮捕されています。
逮捕後、この母親は逮捕当初から毎晩眠る度に、拘置所内の部屋でうなされ続けていたそうです。
毎晩のように酷くうなされる姿を不審に思った刑事は、1976年にも不審死を遂げた当時1歳の長女についても尋問したところ、母親は涙を流して長女の殺害も告白したというのです。
当時の新聞記事によりますと、殺害された子供達は毎晩母親の枕元に現れ、長女は「マンマ、マンマ」と言いながら乳房に小さな手を伸ばし触れてきたそうです。
長男は「母ちゃん冷たいよう」と言って泣き叫んでいたといいます。
この世に生まれてたった1歳と2歳で殺害されてしまった幼き子供達。
無条件に信頼する母親に、無残に殺害されてしまうという悲劇に言葉もありません。
母親にどんな理由があろうと、この世では幼き命を抹殺した罪は償うしかありません。
この親子の因果を辿れば、この殺害された子供達も今世では母親に殺されなくてはならない因果を持っていたのかも知れません。
この世で親子や、親族という関係でありながら、問題が多かったり敵対する関係は、深い因果を持つ関係だったりする事が霊的にはあります。
恐らく、この母親は1人目の子供を殺害した時点から、かなり恐れの念が強くあった可能性が高く、子供たちが恨んで出てくるのでは?と恐れる余り、子供達の魂の波長が合ってしまったのでしょう。
母親の恐怖する心に、無条件に子どもたちの魂が引き寄せられたのだと思います。
お日柄占い的には、この日は男女問題や親子間のトラブルの多い日で、また普段しない事をしでかしてしまいやすいお日柄でした。
親族を大切にしないことでトラブルが発生しやすいお日柄でしたので、母親は自分勝手な心が働き、子育てから解放されたい気持ちが高まった結果、殺人に発展した可能性があります。
しかし、どんな理由があるにせよ、子供を2人も殺害した身勝手な犯行である事は間違いありません。
子供を殺さずに済む方法は、必ずあったはずですから。
しかし、犯罪を犯してしまう人は、そんな冷静な考えには至らないのが残念です。
身勝手な行為をしながら、殺害した子供達の霊に恐怖した母親。
子供達が母親を恋しいと思い、母親のもとに現れたのではなく、母親の恐怖の念で子供達の魂が母親の元に引き寄せられ呪縛されているように感じます。
子供達の魂は本当に浮ばれませんね。
母親は自分が死ぬまでずっと、殺害した子供たちのことを忘れることなく、子供達の冥福を祈るならば、この世で犯した罪をある程度償うことになるでしょう。
▪️ アメリカの一家惨殺事件
1966にアメリカのニュージャージー州のボゴタで、一家3人が惨殺されるという事件が発生しました。
殺害されたのは、2人の両親とナタリア・オレステスという少女でした。
特に少女の殺され方は残忍で、白いドレスが真っ赤に染まった姿を見て、警察はドレスの色を白ではなく「赤茶色」と申告したそうです。
事件から何の進展もなく2年が過ぎようとした頃、事件現場の屋敷の敷地内に黙って入り込む近所の子供達がよく目撃されるようになり、住民からの通報で警察官が子供達に注意をすると、子供達は「だって、ここには可愛い女の子がいて一緒に遊ぼうって、僕たちを窓から手を振って呼ぶんだもん」と、言ったそうです。
その話を聞いた地元住民は「ナタリアだ!」と誰もがそう思ったそうです。
そしてこの噂は瞬く間に町中に広がりました。
そんな矢先、自分が犯人だと自首してきた男が現れたそうです。
この男は、犯人でなければ知りえないような現場の詳細な状況を話し、警察はこの男を真犯人として逮捕したのです。
取り調べで男は、「実は最近になって、あの時殺した女の子が枕元に立つんだと話したそうです。
そして、「おじさん罪を償って警察へ行って。じゃないと、私、安心して天国にいけないの…」と、いつも俺の耳元で囁くんだ」と話したそうです。
犯人の男はベットに入る度に現れる少女が怖くて、自首したようです。
犯人は、殺した少女が幽霊となって現れなければ、自首など絶対にしなかったのでしょうね。
この事件については、事件発生日や自首した日が分かりませんでした。
幽霊になった被害者の霊に促されて、自首をするというケースは非常に珍しいケースです。
殺害された被害者の方すべてが、このケースのように犯人に訴えることができるなら犯人も自首して反省出来る可能性も高いですのにね…。
日本は東日本大震災前には殺人事件は減少傾向で、東日本大震災後2年ほどで殺人事件はまた増えているような印象です。
しかし、昭和初期には今よりも約4倍も殺人事件は発生しており、それが時代と共に減少していき、2007年には戦後最低の1199件にまで減少したのです。
ところが2013年頃から殺人事件は劇的に増えているように感じるようになったのは、やはり殺人報道が多くなったからだと感じています。
とりわけ親族間の殺人事件は深刻です。
愛が深まれば相手と上手くいかなくなった時、相手を憎む気持ちに偏る人間がいるからです。
普通なら理性で抑えられる感情も、親しき中に礼儀がなければ抑えられなくもなります。
事件が発生すれば、犯人の家族も当然巻き込まれることになります。
世間で騒がれる大きな事件ほど、加害者家族の運命は悲惨なものとなります。
加害者の家族も大なり小なり社会的制裁を受けることも多く、生き地獄を味わう家族もおられます。
天涯孤独であれば罪を犯しても本人だけの問題で済みますが、家族がいる限りそうはいきません。
罪を犯せば家族に多大なる迷惑がかかるのが現実です。
ですが、犯罪を犯す子供を育ててしまった親の因果は、相応な応報を受けねばならないのも現実なのです。
昭和60年代に起きたある事件の犯人の母親が言った言葉があります。
母親は「うちが被害者なら良かった」と。
この言葉の意味は重いです。
人を殺めるということは悲しい連鎖を生み出します。
新たな恨みを生み出し、再び因果を発生させるのです。
恐らく、いつの時代になっても殺人事件が減ることはあっても、この世から消えることはないのでしょう。
自分が加害者や被害者の立場になることがないように、一生を送りたいものです。
心霊体験をした犯人の心理状態により、霊の視え方感じ方は異なるのかもしれません。
しかし、実際には殺人を犯しても、霊が視えなかったり感じない人の方が圧倒的に多いのも事実です。
人を惨殺しておいて魂の無念が視えない、感じない人間が多いのは非常に残念なことです。
それこそ、人を殺して後悔するほど祟られるなら、再犯も新たな殺人も起きないと思うからです。
人の背景(因果)は人それぞれで、見えるこの世界ではあからさまに理不尽な事件でも自身の前世や先祖の因果により、殺害されてしまうケースがないとは言い切れません。
霊的には前世が自分の血縁の先祖だった立場であることも多く、前世の自分がしでかした事の応報である可能性もある訳です。
視えない世界は信じられない方の方が多いと思いますが、この世には目では視えない世界が確かに存在しています。
視えないということは、視えない人に取れば無いのと同じこと。
しかし、霊的なものを視えない感じない人であっても、殺害した因果の影響を全く受けないことではありません。
確実に因果応報は存在しますので、何らかの形で、その罪の応報は受けているはずです。
しかし、本人がその応報を受けていると感じているかは分かりません。
ほんの些細な動機から大きな動機まで、殺人事件に至るケースは様々ですが、どの事件の背後にも其々の事情があります。
通常ならば、誰しもがそんな殺人なんてするわけない…と思って生活しているいるにもかかわらず、些細な事で殺人事件に巻き込まれたり巻き込んでしまう人もいるのが現実です。
現に毎日犯罪は発生しているのですから…。
お日柄占いでは、日々の動向がある程度予測できますので、その日に気をつけるべきを気をつけて過ごすことが最大の災難除けとなり、気をつけて過ごすことで自分の人生を傷付けずに済むことに繋がると考えております。
運命に翻弄されないように自分の強い意志を育てることが運命を変えていける唯一の方法です。
「気をつけて生きる」ということは、犯罪に巻き込まれず、また人を犯罪に巻き込まなないで済む方法のひとつです。
ほな (=゚ω゚)ノ