
先日マグニチュード6.1と5.4の地震が立て続けで発生したばかり。
モアイ像が地中から出たがって暴れたのでしょうか?笑
しかし、このモアイ像ですけど何の為に造られたのか、どう造られたのかどのように運ばれたのか、エジプトのピラミッドと同じように、全く何も判らない謎の建造物なんですよね。
長い歴史の間に解明されることもなく、未だその実態はベールに包まれたまま。
イースター島はどこにあるかと申しますと南米チリの沖合3800キロにあるパスクア島(通称イースター島)にあるんですょ。
イースターとは、復活祭という意味です。
イースターの日にオランダ人に発見されたのでイースター島と呼ばれるようになったそうです。てっきりイースター島が正式名だと思い込んでましたょ (^◇^;)
この場所は人が住む島から直線距離で2000キロも離れているんだそうです!
そんな南海の孤島イースター島にある人面石造物は、様々な種類があり それらは1000体もあるそうです。人面石造物の大きさは、平均約3.5メートル、重さ20トン、最大石像物で20メートル、重さ90トンというのですから、これを古代の人々がどのように運んだのかと首を捻っても不思議ではありません。
イースター島の歴史は4世紀頃、マルケサス諸島から流れ着いた人々が住みついたのが始まりではないか…といわれてますけど。
4世紀の日本といえば、聖徳太子が生まれた頃でしょうか。
それよりも古いんじゃ?と思いますけど、誰にも真実は判りません。
学説によれば、かつての先住民が岩山から切り出した石をその場で彫って、縄で引っ張り運んだといいます。
現代の運搬実験で10トンクラスの石像は何とか運べて石像を石を支えにしてどうにか立ち上がらせることも出来たそうです。
最近の研究では、モアイ像を立てた状態での運搬方法も発見されており、運搬する人数も少なくても出来ることが立証されているそうです。
実験は平らな地で行われており、しかも10トンと半分の重さです。
モアイ像が建つ場所が当時平らな場所とは限らず、立てて移動させられたかどうか。
像を切り出した場所も、モアイ像がある場所から6〜8キロもあるんだそうです。
更に、海岸へ運ぶまでには、途中10メートルの崖を下る必要もあり、普通に考えて
モアイ像を縄で引いて移動させたという学説は余りにも無理のある考え方ですがね。
1000体あるモアイ像のうち、立っているのは僅かに40体ほど。
それには理由があるそうです。モアイ像が建造されたといわれているのが7〜10世紀。
16〜17世紀頃に島の住民間で争いが勃発!相手の部族村のモアイ像を倒し、モアイ像の目を破壊する事が勝利の象徴とされたようで、この部族間の争いはなんと50年も続いたそうです!それが「モアイ倒し戦争」と呼ばれる戦争です。
それで…立ってるモアイ像が40体しか存在しないんですね…。
1888年にイースター島はチリ領となり、20世紀になってようやくモアイ像の修復が始まったそうです。
モアイ像を立たせるために、日本の企業が手を貸していたそうです!
香川県に本社のある「タダノ」という会社が15体のモアイ像の復元を行うと同時に、
島への技術移転に貢献したというのです。
このタダノ復元をしたモアイ像は、今やイースター島の有名観光スポットだそうです。
猫丸がモアイ像で1番に驚いた画像はこちら。
⬆︎これ、本物でしょうか?笑
⬇︎そして、こんなに巨大なものだったとは…。
頭だけだと思い込んでました…( ̄◇ ̄;)
まぁ、頭だけのもあるようですが…。
想像以上の巨体です!
こんなに大きな石像物を、古代でどのように造りここに運んだのか…。
やはり宇宙人に手伝ってもらった説が1番納得しますけどねぇ。
だって、1番大きなモアイ像で70tですょ?
そして、そんな巨体を打ち倒した部族たち (^_^;)しかも50年も…。
激しい抗争だったんですねぇ。


⬆︎後ろ姿のモアイ像。
首から背中にびっしりと入れ墨が彫られています。
一体一体の背中全てにあるのでしょうか?
エジプトの絵文字みたいなものまで描かれています。
ほんとうに謎だらけですね。今は泥だらけですが…笑
海の中にもあるんですね。落ちたのでしょうか。

モアイ像は海に向かって建っているように思っておりましたが、実は違うんだそうです!全て海岸から島の中心を見るように建造されているというのです。
はて?何故でしょう。
一説によれば、このモアイ像は島の長老の姿を人型にした墓碑であり、島の中心に向けて守り神の役目を果たしているのでは…という説も。
実は日本にもモアイ像のようなものがあるそうなんですょ。
それがコチラ。
兵庫県の神河町という地域にこのモアイ像らしきものはあるそうです。
確かに…モアイ像ぽいですよね!
こちら神河町はなんと、1万二千年も前からの人が住んでいたそうです。
卑弥呼のお墓もある場所だそうです。ということは、邪馬台国だった場所なんでしょうか。古代遺跡が眠る場所ということで、モアイ像がここ神河町にあるのも偶然ではなさそうですね…。
神河町はあの童謡「かごめかごめ」の故郷でもあるそうなのです。
こちらも謎の多い町です。