みなさま ご機嫌いかがでしょうか。猫丸ねずみです。
今回は京都の南部に位置します宇治駅から世界遺産の「平等院」までの周辺をご紹介したいと思います。
猫丸は7年京都に住んでおりますが宇治には初めて来ました。
京都駅からJR奈良線で普通列車で約30分ほどで到着します。
快速ですと17分で行けちゃいます!
もう少し時間が掛かると思っていたので、意外と近くて驚きました。
⬇︎こちらが宇治駅。とても可愛らしい駅です (^_^;)
一見すると何にもなさそうに見える宇治駅ですが…(^_^;)
ところが京都市に次ぐ人口を有するのが宇治市で、観光客数も2013年度では京都市に次いで2位だそうですょ!
宇治といえば言わずと知れた「宇治茶」が有名ですよね。
平等院へと続く参道にはお土産やさんがズラリと並んでおりますが、見事にお茶を使ったお土産のオンパレードで、違う意味で緑多き観光地でした(笑)
また、宇治茶と共に有名なのが「光源氏」。
光源氏物語の作者「紫式部」の碑などもありましたので、後ほどご紹介致します。
平等院の参道に出るまでの商店街にドーンと目に付く大きな和風の建物を発見しましたが何でしょう?!
暖簾がなければ商店には見えません。
「何屋さんなんだろぅ?」と、そ〜っと中を覗くと、店内はかなり広く結構な数の人がおり、とても驚きました!
中に入って初めてお茶屋さんだと判明しました(笑)
写真で撮り損ねたのですが、暖簾には大きな十字のマークがあり、「あ!なんか見たことあるマーク」と思っておりましたら、JR京都駅の中にもある創業160年の老舗のお店「中村藤吉」さんという老舗のお茶屋さんのマークでした。
京都でお茶屋さんといえば花街で芸妓さんを呼んでお客に飲食をさせるお店のことですが、こちら宇治では飲むお茶を販売するお店です。
⬆︎こちらが安政元年創業という中村藤吉さんの本店となります。
「永代日記」と題された古文書によりますと宇治御物茶師・星野宗以のもとで修行し、宇治の地に「中村藤吉商店」を開業され、勝海舟(かつかいしゅう)から賜った「茶煙永日香」を家訓に掲げ、天皇陛下に御茶を献上、茶道御家元より茶銘を頂戴して以来茶業一筋に営まれているそうです。
京都駅の他に大阪梅田本店と、札幌丸井今井店に支店があるそうですょ。
入り口の暖簾をくぐり左手に⬆︎の部屋があります。
⬆︎入り口右手が店舗になっておりました。
入り口を入って真正面には中庭があります。
中庭の奥⬆︎はカフェのようで、沢山の方が順番待ちをしておりました。
こちらは予約は受け付けていないようです。カフェでは宇治茶を使ったスイーツが食べられるそうです。
また、石臼で御茶を挽いて抹茶にする挽き茶体験も出来るそうですので、挽き茶体験をご希望の方は、お店にお問い合わせください。
中村藤吉平等院店
電話 0774 22 9500
店内にはお茶の葉だけでなく、お茶を使った冷たいスイーツやチョコレートも販売されておりました。
この日は2月13日でバレンタイン前日でしたので、息子や知人にお茶のチョコレートを買ってきました。
包装紙が洒落ていてとても素敵です!
⬆︎ こちらが抹茶とほうじ茶のチョコのセットです♪
お値段は2千円弱だったと思います。
箱も素敵ですよね ^ ^
店内でチョコレートの試食とおちょこサイズのお茶をいただきました。
チョコレートはパリッとした食感の板チョコで、甘さは控え目。
美味しくいただきました ^ ^
中村藤吉さんを出て商店街を右に平等院へ向かう道を真っ直ぐ歩いて行きますと、左手に宇治川が見えてきました。
平等院へ上がる平等院の参道手前に紫式部さんの石像が見えます。
こちらは、ちょっとした憩いの場になっております。
紫式部(むらさきしきぶ)は、平安時代の学者で詩人である藤原為時(ふじわらのためとき)の娘さんで中期の女性作家、歌人です。
藤原宣孝(ふじわらののぶたか)に嫁ぎ娘を出産。夫の死後、一条天皇の中宮で娘の藤原彰子(ふじわらのしょうし/あきこ)の女房として仕えている間に、あの有名な平安時代の恋愛小説「源氏物語・げんじものがたり」を作成した作者だと考えられているお方なのです。
「男もすなる日記といふものを 女もしてみむとて、するなり」これは土佐日記の冒頭の一文で「男性が書いている日記を、女性もしてみようと思って始めました」と書かれているそうです。
当時は日記など女性がするものではなかったようです。
この日記は読み手を意識したものだそうで、現代で言えばブログのようなものだったのでしょうか。
しかし、紫式部さんは本当のところ、いつ生まれて いつ亡くなったのか、本名も何もかもが謎なのだそうです。
しかも、実在の人物だったのかどうかも判っていないそうです。
源氏物語の新訳を書いた与謝野晶子さんは、源氏物語は作者が一人で書いたことを疑っていたそうです。
それは途中で源氏物語の作風が変わっていたからなんだそうです。
謎は人に良くも悪くも想像の産物を与えます。
式部さんは謎が多かったからこそ有名になったのかもしれませんね。
当時は地位や名誉や家柄が良くても、男女共に和歌が詠(よ)めなければ結婚も出来なかった時代だったそうです。
それほど和歌を詠めるか否かで大きく運命も変えれるほどに、この時代に和歌が詠めることはイコール力を持てる処世術ともなったのですね。
確かに言葉を生み出すって本当にスゴイことです。
和歌とは日本語における言葉という音が奏でる想い…。
移ろいゆく季節、自然、日本人の精神を表す言葉の文化。
とても一言では言い表せない感情を短い言葉で表現しています。
ここから宇治橋が見えます。
宇治橋は646年に建てられたという日本三古橋のひとつと伝承される橋なんだそうです。
646年といえば大化の改新が起きた政治的改革の時代。
宇治は歴史的にも合戦が繰り広げられた地でもあります。豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと移り行く時代に架けられた橋なのです。
滋賀県大津市の琵琶湖から流れ出た瀬田川から流れる水が京都府に入る辺りから宇治川と名前を変えます。
自然に恵まれた宇治川の水はとてもキレイだったのでしょう。
豊臣秀吉が茶会の際に宇治川の水を汲ませたと伝えられており、秋に開催される「宇治茶まつり」では、現在もここの水が汲まれているそうです。
宇治川は木津川と合流した後、やがて桂川とも合流して淀川となり大阪湾へと辿り着くそうです。
宇治川について平家物語では「白浪(はくらう)おびただし うみなぎりおち、灘枕(せまくら)おほきに滝になって さかまく水もはやかりけり」とあります。
これは、「川一面に白波が立って流れ落ち、灘枕は大きく盛り上がり滝のように音を立てて、逆巻き流れる水勢も速かった」ということですので、川幅広く水量も豊富、流れも速かったと伝えています。
現代も水量は変わらず豊富で、水の流れも速かったです。
今回は残念なことに橋は修繕工事中でしてシートがかけられておりました。
さあ、ここからが平等院への参道です。
土産物屋さん、菓子店やお茶屋さん、喫茶店や甘味処などが並びます。
参道にはお土産屋さんがたくさんあります♪
宇治はお茶どころですので、見事なまでに緑のお土産三昧です (^_^;)
平等院正門と書かれた場所の後ろの和菓子屋「駿河屋」さんの和菓子が気になり、こちらでお土産を買いました。
それがコチラ!
⬆︎左が「茶の香餅」で右が「茶団子」です。
茶団子は甘さ控え目で普通に美味しいお団子ですが、このお団子は他のお店でも販売されておりました。しかし茶の香餅はこちらだけの商品でしょうか。
食べてみて、びっくり!
食感といいお味共にかなり美味しい和菓子ですヽ(;▽;)ノ
求肥のような柔らかい食感。甘過ぎず抹茶のほろ苦さとマッチして幸せな気持ちになれました。
こちらは本気でお勧めのお土産です♪
平等院へ来られましたら是非、駿河屋さんの「茶の香餅」を食べてみてください ^ ^
ここからは平等院の正門までの参道にありますお店です。













さて、お待たせ致しました。こちらが平等院の入り口となります。
世界遺産の平等院鳳凰堂(びょうどういん ほうおうどう)は10円玉にデザインされている建物で有名です。
10円玉のデザインに選ばれたのは昭和26年。理由としては、日本の代表的な文化財であり、建物に特徴があるからだとしか公式に発表されておらず、選ばれた理由は他にもあるのかもしれないそうですが、未だに謎だそうです。
平成24年に2年かけて56年ぶりに修繕工事をして創建時のように美しい姿になった平等院。完成した時に赤茶色の柱と鈍色(にびいろ)の瓦が見事で、屋根の鳳凰像は金色に輝いていたのをニュースで観ました。実際に目にして見ると、思ってあたよりも地味な印象でした。
この日はものすごく観光客の方がいっぱいで、中に入るまでにかなりの時間がかかるとのことでしたので断念し、見える所だけ写真を撮って来ました。
平等院は、関白藤原道真が左大臣 源重信の婦人から譲り受けた別荘を、その子供である頼通が1052年の永承7年に仏寺に改め平等院とし、同年に本堂を、翌年には鳳凰堂を造立しました。この時 頼通は還暦(60歳)だったとか。堂内には、平安時代の最高の仏師「定朝」によって制作された丈六の阿弥陀如来坐像が安置されたお寺です。
この時代は天災や戦乱、大飢饉などが続いた時代でした。
そんな戦乱や天変地異に恐怖した時代に太陽の如く光輝く鳳凰堂は人々の救いの象徴である「極楽浄土」の世界を表し、人々に死後の安心を与える目的があったのかもしれません。
但し、当時は偉い人しか入れなかったそうですけど、それでも人は平等に極楽浄土に行けるのだと信じてつけた名前なのでしょうか。
調べる限りは現在のように気楽に訪れることの出来ない場所ではあったようです。
今回は観れませんでしたが、平等院鳳凰堂の内部の壁面には「九品来迎図」が描かれ、阿弥陀仏が「自分は仏の住む安楽な浄土に生まれたい」と願う死の淵にある人間を、それぞれの前世の報いと、死の淵でどのような覚悟を持っているかを厳しく判別し九つの迎え方をもって浄土への導く往生の様子を描写したものとなっているそうです。
屋根の鳳凰とは、中国の想像上の鳥のことです。「鳳」は雄鳥を、「凰」は雌鳥を表した鳥だそうです。聖天子が治める平和な世にのみ姿を現すとされている鳥で、鳳凰が飛ぶ時には、その徳により雷や嵐も起こらず、河川も溢れず、草木も枯れないことから、天変地異の時代を救う象徴としたのでしょう。
鳳凰や不死鳥、火の鳥などは勿論想像上の鳥なのですが、先日アイスランドの上空にその想像上の鳥のうちの「不死鳥」がオーロラの中に出現しと話題になりました。
オーロラとは、太陽の爆発で放出された粒子が地球磁場に衝突して北極圏に運ばれ、大気と混ざり合って発生するものがオーロラです。
そんなオーロラが不死鳥のように見える画像がこちら。
確かに鳥のように見えますねぇ。
偶然とはいえ、このような不思議な現象を古代の人々も見たのかもしれません。
なので、もしかすると実際に見た人もいた可能性もあるわけです。
1968年以降、棟上に設置されていた本物の鳳凰は取り外され、現在はレプリカの鳳凰が設置されているとのことでした。
ホンモノは別途保管されているそうです。初代鳳凰は、平等院ミュージアム鳳翔館で拝観できるそうですょ。
美しく優美な平等院。宇治川沿いには2000本の桜が植えられているそうですので、綺麗に桜の花が咲く季節に、また改めて訪ねたいと思います。
さて、最後は本日食べたお昼のランチと、食後に行ったカフェをご紹介します ♪
お昼は参道にあります定食屋さんで「天丼定食」と「三種のミニ丼とお蕎麦のセット」
を食べました。お蕎麦は両方共、温かい茶そばです。
茶そばは想像していたモノと違い、なんだかツルンとしたお蕎麦でした。
滅多にないことですが、お店の名前が入った写真を撮り忘れてしまい店名が分かりません (^_^;)
ちょいちょいボケますが御許しを。(本当はいつもボケてます)
平等院の入り口から見て左手の2つ手前のお店だったと記憶してます…。
食後は表参道の真ん中辺りにあります「和夢茶カフェ」さんへ。
入り口手前は和風雑貨のお土産屋さんになっており、その奥にカフェがあるスタイルのお店です。
カフェに入ってメニューを見ますと点心なども食べられる中華カフェ♪
中央にはテラス席もあります♪
そんなに寒くは無かったので、コートを脱がずにテラス席で温かい珈琲をいただきました ^ ^
こちらは抹茶豆腐を使用した麻婆豆腐がオススメだそうです。
先ほど食べた抹茶蕎麦のように、何だかツルンとしている食感のお豆腐なんだそうですょ。
和雑貨&和夢茶カフェ
宇治茶と中華の創作料理&カフェ
住所 京都市 宇治市 宇治蓮華12
電話番号 0774 23 8388
営業時間 11:00〜18:00
不定休
平等院の周辺には宇治橋と深い関わりのある「橋寺放生院・はしでらほうじょういん」や、西国三十三所巡礼の第10番札所である「三室戸寺・みむろとじ」や、平安時代後期建築で現存する最古の神社の「宇治上神社」や、道元禅師により開かれた「興聖寺・こうしょうじ」、そして「源氏物語ミュージアム」などがありますので、宇治は1日ゆっくり見て回れると思います。
ほな(=゚ω゚)ノ
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-25424133"
hx-vals='{"url":"https:\/\/nekonezumi.exblog.jp\/25424133\/","__csrf_value":"cc1133772be531945324539d956cd33723468200d478eb8bbdcaf0db953a1a83c8d8f8edd3726bb38ea838a76db795168cbfa9f8e3dbb3e2f3a1ea3d5ddd06e6"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">